2008年4月アーカイブ
高齢者の医療制度,年金などで国民の心を傷つけ続けている厚労省が、またまた無神経な通知を各自治体に出して批判されている。
「ジェネリック(後発)の医薬品を使い続ける場合は、生活保護の停止又は廃止を検討すること」と、各都道府県への通知で求め、批判が出た途端に厚労相が「国民の目線に立っていなかった」と見直しを約束せざるを得なかった。厚労相はじめ官僚の神経の鈍さは変わっていないようである。
ジェネリックについては専門家の間にも効能、安全性を疑問視する意見があるのだから、初めから個人の判断に委ねるという考え方に立つべきだったのである。
厚労省の役人が、自ら執筆した著書の中で、死期の近づいたお年寄りの医療費が非常に高額として終末期医療を「抑制する仕組み」が重要と記していることが分かった。民主党の衆議院議員が国会で暴露したのである。元々、我々高齢者の医療の抑制を狙った制度であることは分かっていたつもりだが、三月に届いた制度の解説の印刷物には次のように載っているのだから、まやかしもいいところである。
「生活を支える医療をめざします。③安心して看取ってもらえる医療・後期高齢者の方本人のみならず、家族や医療従事者と共同で、ご本人の希望に沿った、納得できる終末期の医療を受けられます」。
この制度の保険料が年金から強制徴収されることになり、東京の品川区在住の私は十月分の年金から三か月分をまとめてむしり取られることになる。そのうえ、ざっと試算したところ、これまでの国保料より高くなることが分かった。高額所得者は今までより安くなると聞くと、何とも不愉快である。
小泉首相(当時)
「(イラクの)どこが戦闘地域か分かるはずがない」。国の首相の開き直り答弁である。名古屋高裁の「自衛隊の空輸先は戦闘地域」の違憲判決をみて、どう開き直るのか。
憲法は国の基本法につき大切にしなければならないが、同様に重いのは人の命だ。不幸にして、イラク派遣の自衛隊員に戦死者が出たとき、小泉氏は「不注意による事故死だ」とでも強弁するのだろうか。
舛添厚労相(自民)
「私は世界中で仕事をしてきたが、こんなにいい(高齢者の)保険制度はみたことはない」。相変わらずの自画自賛的な大言壮語。国民総反発の"うば捨て山"保険制度を、役人の指示通りに「こんないい制度」と言う無神経さに爆笑。
平沢勝栄衆議院議員(自民)
「問題があるとすれば変えればいい」。高齢者の医療制度の議連の結成で質問した記者のマイクにこう言った。これを分かりやすく言い換えると、「問題があるかどうかは分からないが、お年寄りが騒いでいるから、議連に入って何かやっているとのアリバイが必要だ」。
選挙を意識して結成する議連は、単なるガス抜きと国民向けのポーズに過ぎず、最後は執行部の脅しに屈して"流れ解散"となる。
井脇のぶ子衆議院議員(自民)
記者の質問に、「(高齢者の医療制度は)当選したばかりで法律の内容がよく分からないまま賛成した」。正直な人のようだが、小泉チルドレンの資質を証明している。この程度の議員の国会の賛成票が国民生活を脅かしている。政治の劣化は深刻である。
鳩山邦夫法相など失言大臣の釈明
「私の発言が誤解を招いたとしたら遺憾である」。これで、問題視していた野党は納得する不思議。
この発言を直訳するとこうである。「発言自体に問題はない。正しく解釈しないほうが悪いと思うが、真意が伝わらなかったのは遺憾である」。
土井たか子・社民党代表(当時)
当時の小泉首相への質問で、「(田中真紀子)外相は女性だけあって、さすがにいいことをおっしゃる」とやった。仮に、発言者が男性で、「女性」を「男性」と置き換えて言った場合、同じ政党の議員、特に女性議員は黙って見過ごすのだろうか?
足を踏まれた側はいまだにその痛みが癒えず、この党への投票行動には二の足を踏むのである。
参院の道路整備特定財源特例法改正案の委員会の付託先を巡り、各党間の意見の相違があったという。各党の対応は報道されている通りだが、私は参院民主党に疑念を呈しておく。
与党の自、公と、野党の共産、社民が、同法案を衆議院と同じく国土交通委員会に付託することを求めたが、議運の委員長(民主党)が全会一致の通例を無視し、民主党の賛成多数でごり押しを許し(あるいは共謀?)、財政金融委員会に付託した。
法案の内容はともかく、これは民主党の数の横暴の党利党略である。自民党筋からは早速、「民主党の数の横暴だ」との談話が出ているが、数の横暴の常習確信犯の自民党からそんなセリフは聞きたくないがー。
議会のルールといっても絶対的なものではない。だが、変更には与野党が十分に話し合い、納得して解決すべき問題である。それをやらずに、たまたま多数を確保したからと突っ走るのでは、暴走続きの自民、公明を批判する資格はない。
阪急電鉄が、色覚障害者に判別困難な色分けをした時刻表を使用しているのは人権への配慮を欠いているとして、色覚障害のある京都市の男性の弁護士が11日、京都地方法務局に同電鉄との協議の仲介を求め、人権救済を申し立てたとの報道があった。
色覚障害者を正確に言うと、「正常の人と違った色感覚=特性の持ち主」というそうで、私もその一人である。
子どもの頃は絵を描いては笑われ、長じては、進学、就職に差別され続けてきた。電車・バスの路線の色分けの識別は全く不可能、乗務員などに訪ねては不審な顔をされる、極めて不自由な社会生活を強いられ続けている。
今さら「差別」などと言う気はないが、最近気になるのはHPの色の使い方である。各地の議員の情報を閲覧して勉強させていただく機会が多いが、淡い色に見えるものは、読み進むのに苦痛を覚えるし、時には全く判読できないものもある。
男性は二十人に一人、女性は五百人に一人の割合で色覚障害者がいるといわれているのだから、議員の支持者の中に占める割合も同じくらいと考えると、もう少し、工夫を凝らしていただいたほうがいいのではないか、と思っている。
四月十三日投・開票の鹿児島市議会議員選挙で、現職の市民派の小川美沙子さんが4選を勝ち取った。毎回高位で当選している人だけに、当落の心配はしていなかったが、争点のない選挙と聞いていたので得票が気になっていた。そこで、珍しく夜中まで開票速報を注目していたが、結果は前回票を上回り、順位も五十八人中の三位という好成績だった。
時に応じて助言したり、厳しい注文をつけたりして不当な攻撃には共に闘った仲間として、少々寝不足になったが、我がことのようにうれしい勝利だった。
争点がなかったと本人は言うが、同市議会で五十人の議員の中でただ一人、政務調査費の領収書の添付の義務付けを主張していた議員である。その実績と政治姿勢は、市民の記憶の中に鮮明に焼き付けられている。それが今回の選挙結果に如実に現れたといっていい。
今後も、孤立を恐れず、むしろ楽しむ余裕をもって有意義な活動を続けてくれることを期待している。
民主党愛知県議団の佐藤夕子議員が、公約を守るために会派拘束を破ったとして会派の攻撃を受けていると知り心配していた。結果として会派から厳重注意処分を受けたということだが、これは民主党会派の間違いである。
佐藤議員は、選挙で政務調査費の全面公開と費用弁償の受け取り拒否を公約に掲げて初当選したという。だが、民主党会派は佐藤議員の主張を退け、自民、公明との根回しを経て、三万円以上の支出に領収書を添付し、費用弁償を15,000円から9,500円に減額する条例の改正でお茶を濁したというのだから、会派の姿勢は市民に背を向けたお粗末きわまるものである。
佐藤議員は公約と会派拘束の狭間で悩み抜いたのだろう。条例の採決前に退席して意思表示をしたという。反対討論を展開するのが最善の闘いだったが、会派の除名処分の脅しもあったようだし、全体の中で孤立している"一年生議員"の判断にケチをつける気はない。むしろ「よく頑張ったね」と激励したいくらいである。
会派拘束は全く必要がないとは言わないが、この件は税金の使途の情報公開に関することである。市民は恐らく、会派拘束は破られるべくして破られたと歓迎していることだろう。
「後期高齢者医療制度」がスタートした日に、ネーミングが悪いとの首相の指示で「長寿医療制度」(通称)と変えたようだ。名称が悪いのはその通りだが、巷には、高負担を強いられる高齢の年金生活者の声が満ち溢れている。
東京都の被保険者の保険料の負担は、高所得者は現在よりも安くなるという逆転現象。ここにも、弱肉強食の"小泉改革"の正体が端的に現れている。第二次大戦の戦前、戦中、戦後の苦難の時代に大きな犠牲を強いられ、その後は我が国の高度成長を支えた年齢層を粗末にしすぎているのではないか。
NHKの解説でも、「厚労省の狙いは高齢者の診療の抑制にある」と伝えていた。高齢化が進めば医療費が膨らむのは自明の理。七十五歳で線引きして、増加した医療費をその高齢者に負担させようという露骨な差別政策である。負担増がいやなら早く死になさいと言うに等しい政治である。
仮に、無神経な法律名と年金からのむしり取りを受け入れたとしても、今後の年金生活者の生活はどうなるのか? この法律を廃止しない限り不安が解消されることはない。
年金は原則的に増えることはないが、消費税は、逆進性や益税の矛盾をそのままにして上げられるのだろう。踏んだり蹴ったりの高齢の年金生活者はどうやって生きていけばいいのか?
久しぶりの党首討論を聞いて評価できたことがある。ただし、当事者の奇妙な仲良し関係の終焉を確認した一点だけである。討論の内容の採点は「どっちもどっち」だ。
政府が提案した人事を認めないのは「権力の乱用」と首相は言うが、国会を行政の追認機関と錯覚しているのではないか。それとも、遠回しに参議院無用論を述べているのか? 野党の党首は何でも政局に絡めようとする姿勢がいただけない。
最近、盛んに政界再編が言われている。分かりやすく言えば、自民党政権の生き延び工作の一貫というものだろう。現実にあるとすれば、野党から脱落して大臣を餌に釣られる「自民党補完の新党」の出現だろう。また、政権交代は政治に緊張感をもたらすので歓迎するが、政党間の垣根がないに等しい中での政権交代がどれほどの期待をもてるのか、はなはだ懐疑的にならざるを得ないのである。
HPを立ち上げたのに伴い、最後の紙の「辛口・政治評論」を発送したところ、全国の多くの友人・知己からご連絡をいただいた。私に対する評価は措くとして、何人もの方から、「この地の議員の選挙後の議会報告が一枚も届かない」との不満を聞かされた。だが、各地の個々の議員の事情は把握していないので無責任なことも言えず、「そのうちに届くでしょうから長い目でー」と余計な気遣いをしておいた。
「議会報告」は議員の義務である。その認識があるなら、何かの事情で多少の遅れがあったとしても、市民感覚のある議員なら必ず発行するものである、と私は思っている。
新銀行東京(石原銀行)に四百億円の支出が決定した。都民負担は1世帯当たり六千円強のドブに捨てるに等しいムダ金であると聞くと、改めて怒りの念が湧き上がってくるのを覚える。
傲慢、独善、無反省、居直り、開き直り等々、新聞の論調も同じようなものだったが、都議会与党の賛成で決定した段階で記者団の質問に答えた石原慎太郎知事は、「世論を気にしていたら政治はできない」とうそぶいた。その言葉を聞き、彼が世論を操作・悪用して失敗した銀行課税の1件を思い出した。
あれは、「貸し渋り」、「貸しはがし」で銀行に世間の怨嗟の声が集中しているときだった。絶対多数の都議会"オール与党"の賛成で銀行課税の制度がスタートしたが、私は、提案者の石原知事の発想には、いかにも彼らしいファシズムの手法を感じ取っていた。それゆえに、その後の銀行側が提起した訴訟では都が敗訴することを願い、判決で知事の思いつきの施策が退けられたときには溜飲が下がったものである。


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