辛口・政論

政務調査費の透明性を

  地方議会の政務調査費に対する批判は東京の区部から全国に波及し、市民の突き上げもあり多くの議会で条例改正の動きがあった。だが、収支報告書に領収書を添付するだけでは透明性は確保できないのである。それは議員がいちばん分かっているはずだが、頭に血が回らないのか、あるいはとぼけているのか? そこに踏み込んで制度の改正を行う議会はごく少数である。

  また、税金から交付を受けていることを意に介さず、「市民の知る権利」にフタをする一方、領収書の添付義務を条例に規定するだけで、後は議員仲間の旧悪が露見して血が流れるのを意識してかばい合い、過去のでたらめな実態を永久にヤミの中に閉じ込めようとする議会が圧倒的に多いという嘆かわしい現実がある。

 議員は口をそろえて「議会の自律性」を主張する。それは間違いではないが、他から干渉されるのを嫌って主張するだけではいただけない。

自律性とは
1. 自分で自分の行動を規制すること
2. 外部からの制御から脱して、自身の立てた規範に従って行動することーと辞書にある。
だが、この認識が欠けている議員が多いと、政務調査費の収支報告書は誰もチェックをしないままに放置され、改正前と何も変わることはない。要するに議員のやりたい放題の野放し状態は変わらないのである。

議会・議員(一握りの良識派は除く)を考える場合、「性善説」に立って判断しないほうがいいというのは、以上の理由による。


 監視のポイント
〇議員と役人の習性は

 この国の議員と役人の多くは予算(使える金)を残すのは「損」と考え、全部を使いきろうと年度末に高額な買い物をする。架空の伝票をかき集めて買い物をしたことにするケースも出てくる。

「予算が余るのがもったいない」と、視察と称する観光旅行に出かけるのがもっとも多いケースで、全員そろって金魚の何とかのように連なって歩く。視察の計画書も報告書も書かない。書くことがあっても議会の職員に任せる。職員は先方からもらった資料を丸写しにする。海外視察の報告書を旅行業者に書かせる例はよく新聞ダネになる。

  家庭の財布を握るものは、少しでも安いものを購入して生活費を切り詰める努力をするが、その感覚とは正反対の発想をするのが議員族である。この習性を知ることが議会対策の第一歩と割り切らなければならない。

〇抜け穴だらけの使途基準

  何に使えるのか(使途基準と言う)をあいまいにしておくと、議員は必ず拡大解釈して抜け穴を探すものである。だから、基準は具体的にかつ詳細に定めなければならない。例えば、研修会や講習会等の講師の茶菓子代に充てるための「飲食費」を認めると、いつの間にか、自分たちの宴会などの飲食費に充てるのが議員の習性である。

  また、際限なく拡大解釈される恐れのある、〇〇等の表現は絶対に避けるべきである。禁止事項は明文化することが肝要である。

〇備品、電子機器類等の管理の徹底

 領収書をつけて報告したところで、購入したものの管理等の決め事がないのでは、直ちに他に転売して金に換えるヤカラも出る。引退する議員が任期切れ間際に家に持ち帰って私物化してしまう。会派の責任としての約束事もなければならないのである。
〇視察と調査費は無駄遣いの温床

 調査は現地に会派の全員が雁首をそろえて行く必然性はない。例えば、議会事務局の調査係の活用、担当部局の協力、インターネットで情報収集、現地への代表派遣などで相当部分がカバーできるはずである。

   ただし、委員会の視察や政務調査費を充てての視察を個々の議員の権利のように勘違いしている連中には通用しない。政務調査費で私を講師に呼び、この種の議員の研修を実施するほうが税金の有効利用になるはず。

   議員の調査・審査の活動には委員会の視察があるが、これも地方自治法に明文の規定がないにもかかわらず、議員の多くは「旅行に行ける権利」くらいの認識しかない。政務調査費を充てての視察もその感覚の延長でやっている。税金が無駄になるだけである。

 ある区の議員が、スクーターを購入したのが問題になったとき、「交通費を支出できるのだから、問題はない」と強弁し、挙句の果ては「事務所費には支出できるのだから、スクーターは動く事務所だ」と言ったと新聞記事にあった。そのうちに、どこかの大統領並みにヘリコプターか飛行機を購入するかもしれないと思っていたところ、有権者の批判が多いと見るや一転して金を返還したという体たらく。この種の笑い話にはここ欠かないのである。

〇議会の自律性を担保する規範が必要

   冒頭に書いたように、議会は独立した機関だから自律性を求められるし、現に、どこの議会も常にその主張をする。大切なのはその自律性を制度の上で実効あるものにしているかどうかである。

 多くの議会で条例の改正は行っているが、惜しむらくは、議会の中の調査権・是正勧告権等が規定されていないところが圧倒的に多い。議会全体が責任を共有するという姿勢がなければ納税者はたまったものではない。

〇議会と首長との馴れ合い

 首長には議会の会派などに交付した政務調査費が適正に使われているかどうかを調査し、返還を命ずることができる権限があるが、多くの首長は何があっても手をこまねき、その権限を行使する意志を見せない。その主な理由は、

1. 議会の自律性を考え、議会側に遠慮している。
2. 議会側の嫌がることに触れずに馴れ合っているほうが議会対策上のプラス要因になるとの判断による。
3. 補助職員が何も言わないので、自身には関係のないことと思い込んでいる。

〇「市民の知る権利」の保障を

   昨今は、どの自治体にも「市民の知る権利」を保障する公文書公開条例がある。議員が、その権利の重みを認識していれば、政務調査費の交付に関する条例の改正時に、附則に十数字入れるだけで可能な遡及適用を主張するのは当たり前のように思うが、主張するのはごく少数の市民派の議員と、ところによっては共産党議員がたまにやる程度である(他にいたらご免ね)。

   これをやれば、市民は過去の支出も調べることができる反面、不適切な支出をしていた議員は旧悪が露見するリスクがある。それゆえに「臭いものにはフタ」とばかりに、反対の大合唱にかき消されるのが目に見えるようである。

   たまたま倉敷市議会の政務調査費を巡って住民訴訟になっていると知り、遡及適用の主張の有無を問い合わせてみたところ、議会事務局の職員(M氏)は、「条例を議題とした議会運営委員会や本会議で遡及適用を主張した議員はいません」と、私の想定外の回答。  倉敷市議会を巡る訴訟の口頭弁論で議員と職員は、「違法性はない」と全面的に争う方針と聞いた。それほど自信があるのなら、市議会の名誉のためにも遡及適用すべきだった。また、規定の有無に関係なく全資料を公表し「さあぞうぞ」と開き直るくらいの姿勢を示すことができないのか? 実際には、問題の会派の"視察"の行程表も、A4一枚の紙に先方の施設の概要を書いただけの報告書も、報道関係者に公表を拒否したと聞くと、この市の公文書公開条例第Ⅰ条の「市民の知る権利の保障に努める」との条文が、いかにも空々しく感じられてならないのである。

   議員は①「市民の知る権利」を第一に考えるのか②さかのぼって調べられると仲間の議員に迷惑がかかるからと、馴れ合いかばい合うのかー厳しく問われているのである。

〇事務所の家賃

  自宅に事務所費の支出を認めているところは意外に多いが、市会議員クラスはたいてい控え室が与えられているのだから、仕事は自宅と控え室でやればいい。だが、議員の仕事はしなくても事務所費で落とせるものだから、我が家の物置を事務所として届ける。中にはもろに我が家に家賃として支払っている例も続々と明るみに出ている。

 知り合いの商店や会社に頼み、その片隅を事務所として使っていることにして金をポッポに入れている例もある。これらの皆さん方は、議員としての勉強は嫌いでも、いざカネのこととなると、支出の名目を考えるためには涙ぐましいばかりの努力を重ねている。

〇公私混同をどうする

 タクシー代、ガソリン代、電話代等々、公私の区別が難しいものまで認められていることをこれ幸いに、領収書集めに精を出す人もいる。図書の購入が認められているとして、議会活動には全く関係のない不健全な本を買う人もいる。使途が闇の中にある、政党助成金と同じ感覚で食い散らかされるのだから、市民の絶え間のない監視の目は必要で、それを怠るお任せ主義は、堕落した議員をさらに堕落させると心得なければならないのである。

 まだまだ書き足りないが、パソコンに慣れるのにしたがい順次書き進める予定。

   ところで、私の地元の東京都議会は、政務調査費の制度の改正を先延ばしにつぐ先延ばしでいまだに一人当たり月額六十万円の大半が食い散らかされている疑いがある。

   都議会議員選挙の前の新聞社のアンケートでは、大半が領収書の添付に賛成の回答をしていたが、選挙が終わるとコロリと変節してしまう。腹が立つが、その程度の議員しかもてない我々東京都の有権者の側にも責任はある、と反省しきりである。